
「金よう日の 夜、みんなで お酒を 飲みに 行きませんか?」
日本での 生活を 始めて すぐの ころ、上の 人から かけられた この ことば。
その時の わたしに とって、それは ただの「イエスか ノーか」の しつもんでした。
その日は 見たい えいがが あったので、わたしは 一ばん いい えがおで こう 答えました。
「いいえ、行きません(No, I won't go.)」
その しゅんかん、オフィスの タイピングの 音が ピタリと 止まりました。
上の 人の 顔から スッと 血の 気が ひき、まわりの どうりょうたちは いっせいに 下を 向きました。
まるで、あたたかい へやに とつぜん きたの 風が ふきこんだ ような、あの「こおりついた 空気」を 今でも はっきり おぼえて います。
「なぜ? しょうじきに りゆうを 言っただけなのに」。
わたしは はげしい こんわくと かっとうに おそわれました。
この きじを 読んで いる あなたも、日本での 人の かんけいで「りゆうは わからないけれど、あいてを おこらせて しまった」「空気を こわして しまった」という けいけんは ありませんか?
今回は、わたしが 体で けいけんした「大きな しっぱい」を 入り口に、日本の しゃかいで 生きて いくために ひつような**「さっしの 文化」と、まほうの ことば「ちょっと……」**の つかいかたに ついて、日本語の 先生としての ちしきを まじえて つたえます。
この きじを 読めば、つぎの 3つの ことが 学べます。
それでは、わたしの はずかしい しっぱいだんの つづきから 話しましょう。
「じけん」の よくしゅう、ランチの 時間に どうりょうの 田中さんが こっそり わたしを おくじょうに よびだしました。
「あのね、せんしゅうの ことわりかただけど……。
日本では、上の 人に『行きません』と はっきり 言うのは、『あなたの ことが きらいです』と 言って いるのと おなじくらい おもく うけとられちゃうんだよ」
田中さんの ことばは、わたしに とって ハンマーで 頭を なぐられた ような しょうげきでした。
わたしの 国では、行けない りゆうを はっきり つたえ、行かない いしを はっきり しめす ことが「せいじつさ」であり、あいてへの「リスペクト」だと おそわって きたからです。
しかし、日本は 世界でも ゆうすうの**「ハイ・コンテクスト 文化」**の 国です。
ことば そのものの いみよりも、その ばの じょうきょう、人の かんけい、そして「ことばの そとの ニュアンス」に ほんしつが やどります。
わたしが した ミスは、つぎの 2つでした。
田中さんは おしえて くれました。
「りゆうは 言わなくて いい。
ただ、こまった 顔を して**『ちょっと……』**と 言えば、日本人は すべてを さっして くれるんだよ」と。
田中さんの アドバイスを うけてから すう日ご、ふたたび その 時が やって きました。
ゆうがたの かいぎの あと、べつの 上の 人が「今日の 帰りに かるく いっぱい どうだ?」と 声を かけて きたのです。
しょうじきに 言えば、その日も はやく 帰って ゆっくり したい 気分でした。
まえの わたしなら「今日は つかれて いるので 帰りたくて……」と りゆうを ならべたてた でしょう。
しかし、わたしは ゆうきを 出して、田中さんの「おしえ」を じっせん する ことに しました。
「あ、ありがとう ございます。……あいにく、今日は ちょっと……(ちんもく)」
しんぞうは バクバク して いました。
「りゆうも 言わずに しつれいだと おもわれない だろうか?」と ふあんで たまりませんでした。
ところが、きせきが おきました。
上の 人は いやな 顔 ひとつ せず、「ああ、そうか! いそがしい 時に わるかったね。
じゃあ また こんど さそうよ」と えがおで 答えて くれたのです。
オフィスは こおりつく どころか、むしろ 上の 人の きづかいに よって あたたかい 空気が ながれました。
だれも きずつかず、だれも はじを かかない。
これこそが、日本人が たいせつに する**「わ」**の しょうたいなのだと はだで かんじた しゅんかんでした。
「ちょっと」は、えいごでは "a little" ですが、日本語の コミュニケーションでは**「きょぜつの クッション」**として きのう します。
文を さいごまで 言いきらない(れい:「ちょっと むりです」では なく「ちょっと……」で とめる)ことで、あいてに「おさっし ください」という よはくを なげかえします。
これを うけた あいては、「ああ、何か じじょうが あるんだな」と 自分で けつろんを 出し、さそった 人としての めんもくを たもつ ことが できるのです。
ここでは、みなさんが 今日から つかえる ぐたいてきな ひょうげんを しょうかい します。
たいせつなのは、ことば そのものよりも「いいかた」と「ひょうじょう」です。
| ばめん | まほうの フレーズ | せいこうの ポイント |
|---|---|---|
| 上の 人からの のみかい | 「ありがとう ございます。ただ、今日はちょっと……」 | かんしゃを さきに のべ、ごびを にごす。 |
| どうりょうからの ランチ | 「あ、今日はちょっとようじが あって……すみません!」 | 「ようじ」という あいまいな ことばを そえる。 |
| むりな ざんぎょうの いらい | 「もうしわけ ありません。今日はちょっとはずせない よていが……」 | 「はずせない」で じゅうようどを つたえる。 |
【ともだちとの かいわ】 A: 「あした、かいもの 行かない?」 B: 「あー、あしたは ちょっと……よていが 入っちゃってて。また さそって!」
NG パターン: 「いいえ、いそがしいから むりです」 (※これでは「あなたと あそぶ 時間は ない」という つめたい いんしょうに なります)
でんしゃの ゆうせんせきで、しらない 人に 何かを たのまれたが たいおう できない 時:
「あ、すみません、今はちょっと……」と 言って、すこし もうしわけなさそうに しせんを はずす。
おおくの がくしゅうしゃが、日本の「あいまいさ」を「ふせいじつ」や「うそ」だと かんじる ことが あります。
しかし、10年 いじょうの 先生の けいけんを へて わたしが おもうのは、この あいまいさは**あいてを まもるための「やさしさ」**から 来て いると いう ことです。
日本人は、はっきり ことわる ことで しょうじる「きょぜつの いたみ」を、おたがいに わけあおうと します。
この「言わない」ことで うまれる、いっしゅの**「きょうはん かんけい」**の ような れんたいかんこそが、日本の 人の かんけいを えんかつに する ちえなのです。
Q1: 「ちょっと……」と 言っても、りゆうを しつこく きかれたら どう すれば いいですか?
A: その ばあいは、さらに あいまいな りゆうを かさねましょう。
「プライベートな ことで……」や「さきやくが ありまして……」などです。
それでも きく 人は、日本の マナーを わかって いない 人かも しれません。
Q2: うそを つく ことに ざいあくかんが あります。しょうじきに 言っては いけませんか?
A: 日本語の「たてまえ」は うそでは ありません。
それは「しゃかいてきな マナー」です。
あいてとの「わ」を たもつために、ほんとうの りゆう(れい:いえで アニメを 見たい)を かくすのは、あいてに たいする さいだいげんの けいいなのです。
Q3: 「ちょっと」いがいに べんりな ことばは ありますか?
A: **「あいにく(Unfortunately)」や「せっかくですが(Although I appreciate the offer)」**を 文の あたまに つけると、より ていねいで ソフトな いんしょうに なります。
あの日、オフィスを こおりつかせた わたしは、今では すっかり「ちょっと……」の たつじんに なりました。
日本の「さっしの ぎじゅつ」は、さいしょは むずかしく かんじるかも しれません。
でも、ことばの うらがわに ある「あいてを きずつけたくない」という 気もちに きづけば、きっと あなたも らくに ふるまえる ように なる はずです。
つぎに あなたが だれかの さそいを ことわる 時、ぜひ ゆうきを もって ことばを のみこんで みて ください。
その ちんもくこそが、あなたと あいてを つなぐ あたらしい かけはしに なる はずです。
もし、この きじが やくに たったと おもったら、あなたの「しっぱいだん」も ぜひ コメントで おしえて くださいね。
いっしょに「わ」の 心を たんきゅうして いきましょう!

AIエンジニア/にほんごきょうし