「もう一度ありがとう」を言う理由:日本の「ぎり」の考え方

「もう一度ありがとう」を言う理由:日本の「ぎり」の考え方

「もう一度ありがとう」を言う理由:日本の「ぎり」の考え方

はじめに

「先生、きのうのそうだん、本当にありがとうございました」 朝、ろうかで学生からこんな言葉をもらったら、どう思いますか? 「ああ、あの話は心に残ったんだな」と、うれしい気持ちになるでしょう。

でも、何時間もかけて作文をなおしてあげたのに、次の日に「先生、今日のしゅくだいです」とだけ言われたら? 文法はまちがっていませんが、心の中に小さな「もやもや」を感じるのが日本人です。

この「もやもや」の正体が、この記事のテーマです。 それは**「もう一度ありがとう(後日のかんしゃ)」**がないことです。 これは、ただのマナーの問題ではありません。 言葉の使い方のまちがいで、コミュニケーションがうまくいかなくなることです。

この記事では、日本語の先生として、3つのことを説明します。

  1. ほかの国の「ありがとうは1回で終わり」と日本の「何度も言う」のちがい
  2. 「ぎり」と「おん」という日本の考え方
  3. 学生の「しつこいと思われないか?」という心配をなくす教え方

1. どうして「1回言えば十分」ではないのか?

多くの学生、とくに欧米や中国から来た人は、かんしゃを「交かん」のように考えています。

  • ほかの国の考え方: Aさんが親切にして、Bさんが「ありがとう」と言う。これで終わりです。
  • 日本の考え方: かんしゃは1回では終わりません。次に会った時にもう一度言うことで、その親切を「わすれていない」と伝えます。

これを「語用論的てんい」と言います。 学生は自分の国の「1回で終わり」というルールを、日本語でも使ってしまいます。 その結果、日本人には「おんをわすれた」「れいぎがない」と見えてしまいます。 これは文法のまちがいよりも、人としての評価に関わるので、とても大きな問題です。

2. 「ぎり」と人とのつながりのバランス

日本の人間関係は、目に見えない「かしかり」のノート、つまり「バランスシート」でかんりされています。

心の中の「借金」の状態

だれかから親切(おん)をもらった時、もらった人の心には「借金」が記ろくされます。 その場で「ありがとうございます」と言うのは、「受け取りました」という紙を出しただけです。

次の日に「きのうはありがとうございました」ともう一度言うことは、「私はあなたへの借金をわすれていません」という気持ちを伝えることです。 これで、相手は「この人は信用できる」と思い、もっと深いしんらい関係になれます。

社会的しほんとしての「もう一度ありがとう」

「もう一度ありがとう」を言わないことは、相手の親切を「当たり前」として考えたことを意味します。 これでは、次にこまった時に相手の助けをもらうことはむずかしくなります。 「もう一度ありがとう」は、これからの助けをもらうための「社会的しほん」をためることです。

3. あいさつとしての「もう一度ありがとう」

言葉の学者のマリノフスキは、内容よりも関係を続けることが目的の会話を「交かん的交流」と言いました。

日本人のコミュニケーションでは、いきなり本題に入ることは、れいぎがない行動と見られます。

過去の共有たいけんという「はし」

「今日は暑いですね」という天気の話もあいさつですが、もっと強いのが「もう一度ありがとう」です。 「先日は〜」と話し始めることで、前に会った時から今日までの「空白の時間」を埋めて、また「ウチ(なかま)」の意識をつなぐはしの役わりをします。

言葉目的心の効果
「暑いですね」しずかな時間をなくす安全なきょりを保つ
「先日はありがとうございました」関係をあたらしくするなかまの意識を再かくにん
「例の件、助かりました」結果を報告する相手の「顔」を立てる

4. 学生への教え方のヒント:ごかいをとく

上級の学生ほど、「何度も同じことを言うのは、言葉の重みがなくなるのではないか?」「しつこいと思われないか?」と心配します。 先生は、これを「ろんりてきな合理性」を持って説明する必要があります。

「しつこい」と「ていねい」の境界線

教える時は、次の具体例を見せてみましょう。

【OKな「もう一度ありがとう」の例】
・食事をごちそうになった次の日:「きのうはごちそうさまでした。あのお店、本当においしかったです」
・しりょうを借りて返す時:「ありがとうございました。とても参考になりました」
・アドバイスを実せんした後:「先日のアドバイス通りにしたら、うまくいきました!」

ポイントは、かんしゃに「感想」や「結果」をつけ加えることです。 ただ「ありがとうございました」をくり返すのではなく、その親切が自分の生活にどう影響したかを報告することで、相手の「みとめられたい気持ち」を満たすことができます。

10の具体的な実せんシーン

学生にそのまま伝えられる、今日から使える実せんリストです。

  1. 出張みやげをもらった時: 次の日に「きのうのお菓子、家族もよろこんでいました」
  2. 雨の日にかさを借りた時: 返す時に「おかげでぬれずにすみました」
  3. 体調を気づかわれた時: 次に会った時に「きのうはお気づかいありがとうございました。もう元気です」
  4. 仕事を手伝ってもらった時: 終わった後の次の朝「きのうは助かりました。また何かあれば言ってください」
  5. 飲み会でのしはらいを多めに出してもらった時: 「きのうは多めに出していただき、ありがとうございました」
  6. 道にまよって教えてもらった時: (もしまた会えたら)「先日はありがとうございました。無事に着きました」
  7. おすすめの本をしょうかいされた時: 読み始めた時に「この間教えてくれた本、すごくおもしろいです」
  8. 急な休みをフォローしてもらった時: ふっきした後のあいさつで「不在の間、ありがとうございました」
  9. 引っこしを手伝ってもらった時: 落ち着いたころに「先日はありがとうございました。おかげで片づきました」
  10. きびしいしてき(しどう)を受けた時: 次の日に「きのうはごしどうありがとうございました。はんせいして活かします」

5. よくあるまちがい(Q&A)

Q: 「先日はありがとうございました」と言ったら、「いつのこと?」とわすれられていませんか? A: もし相手がわすれていても、あなたが覚えていることが大切です。「私はあなたのことを大切に思っているので、小さな親切も覚えていますよ」というしせい自体が評価されます。

Q: いやな上司に対しても言うべきですか? A: はい。むしろ「もう一度ありがとう」は、感情的な好ききらいに関わらず、社会をスムーズに回すための「ぼうえいじゅつ」です。あいさつの一種として割り切って行いましょう。

結論:文化のOSをインストールする

日本語教育のゴールは、ただ正しい文章を作れるようにすることではありません。 その言葉が使われる「社会的な力学」を教えて、学生が日本社会というOSの上で、バグなく行動できるようにすることです。

「もう一度ありがとう」は、お金がかからず、最大級のしんらいを作れるまほうのツールです。 「きのうのかんしゃをもう一度言う」。このシンプルなしゅうかんを教えることで、学生の日本での生活はげきてきに良くなるでしょう。

今日からできる3つのアドバイス:

  1. じゅぎょうの最初に「きのうのじゅぎょうはどうでしたか?」と聞いて、かんしゃのきっかけを作る。
  2. 日本語の「ぎり」は「記おくの持続時間」であることをろんりてきに説明する。
  3. 先生自身が、同りょうや学生に対して「先日はありがとう」と手本を見せる。

「もう一度ありがとう」は、過去へのしゅうちゃくではありません。 明日からの関係をもっと強くするための、前向きな「こうしん作業」です。

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NIHONGO-AI

AIエンジニア/にほんごきょうし

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