私の「最高のバカンス写真」が炎上しかけた日:SNSで学んだ、日本人の「奥ゆかしさ」という処世術

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著者 NIHONGO-AI

AIエンジニア/日本語教師

2025/11/12

私の「最高のバカンス写真」が炎上しかけた日:SNSで学んだ、日本人の「奥ゆかしさ」という処世術

私の「最高のバカンス写真」が炎上しかけた日:SNSで学んだ、日本人の「奥ゆかしさ」という処世術

プロローグ:キラキラ投稿と冷たい静寂

「見て見て!最高の夏休み!」

沖縄の青い海をバックに、新しいサングラスをかけて満面の笑みを浮かべる私。完璧なアングル、完璧なフィルター。自信満々でInstagramに投稿したバカンスの写真。

母国の友人たちからは、すぐに「Gorgeous!(ゴージャス!)」「So jealous!(羨ましい!)」といったコメントの嵐が届きました。私は承認欲求が満たされ、とてもいい気分でした。

しかし、数日後。日本で働き始めて間もない頃のことです。私は仕事で大きな成果を出し、昇進が決まりました。その自分へのご褒美として、ずっと欲しかったブランドの高級時計を思い切って購入したのです。

嬉しくてたまらなかった私は、その輝く時計の写真とともに、こんな文章をSNSに投稿しました。

「ついにゲット!昇進祝いに自分へのご褒美。これも全部、私の努力の結果だね。これからはバリバリ稼ぐぞー!#NewWatch #HardWorkPaysOff #Success」

どうでしょう、この投稿。母国なら「You deserve it!(あなたにふさわしいよ!)」と称賛されるはずです。

ところが、です。日本の同僚や友人たちからの反応は、奇妙なほど静かでした。「いいね」の数はそこそこつくのですが、コメントはほとんどありません。いつもは「その服かわいいね!」とコメントをくれる仲の良い同僚でさえ、スルーです。

翌日、会社に行くと、なんとなく空気がよそよそしいのを感じました。ランチタイム、隣の席の同僚が私に言いました。

「〇〇さん、最近すごく羽振りがいいね。リッチだね〜」

その口調には、純粋な称賛というよりは、どこかチクリと刺すような皮肉が混じっているように聞こえました。私は戸惑いました。「えっ、私、何か悪いことした?」

あのキラキラしたバカンス写真への反応が薄かったのも、もしかして同じ理由だったのでしょうか。私は急に、SNSというデジタルの海で一人ぼっちになったような、冷たい孤独を感じました。

転機:メンターの助言「それはマウントだよ」

モヤモヤした気持ちを抱えたまま数日が過ぎた頃、私の日本の「メンター」とも呼べる、仲の良い先輩社員がランチに誘ってくれました。彼女は少し言いにくそうに、でも私のために正直に話してくれました。

「あのね、〇〇さんのこの間の時計の投稿、ちょっとストレートすぎたかもしれないね」

「え?どういうことですか?」と私が聞き返すと、彼女は言いました。

「日本ではね、自分の成功や幸せをそのままド直球で出すと、『自慢』とか『マウントを取っている』って思われちゃうことがあるの。特に『私の努力の結果』って強調しちゃうとね」

マウント。その言葉に私は衝撃を受けました。「相手より優位に立とうとする」あのマウンティングです。

「えっ、でも、私はただ嬉しくて、幸せをみんなとシェアしたかっただけなのに…。幸せをシェアしちゃダメなんですか?」

私はショックで、少し泣きそうになりました。母国では「自分をアピールすること(Self-promotion)」はポジティブな能力とされています。それが、日本ではネガティブに受け取られるなんて。

先輩は優しく微笑んでアドバイスをくれました。

「シェアするのがダメなんじゃないの。ただ、少しだけ『表現』を変えてみたらどうかな。例えば、『運が良かった』とか『周りの人のおかげ』って付け加えてみるの。そうすると、角が取れて、みんなが素直に『おめでとう』って言いやすくなるんだよ」

なるほど、と思いました。それは、自分を隠すことではなく、相手への「配慮」を添えるということだったのです。

実践:魔法の言葉「おかげさまで」

先輩のアドバイスを受けて、私は自分のSNSの使い方を見直すことにしました。そして数ヶ月後、また大きなプロジェクトを成功させる機会がありました。

以前の私なら、間違いなくこう投稿していたでしょう。

Before(以前の私) 「プロジェクト大成功!私のリーダーシップが評価されて嬉しい。やっぱり私はやればできる!」 (自分一人がドヤ顔で写っている写真)

キーボードを叩きながら、この文章を投稿したい欲求がムクムクと湧いてきます。でも、私は先輩の言葉を思い出してグッとこらえました。「マウントにならないように、配慮、配慮…」

私は深呼吸をして、文章を書き直しました。そして、投稿する写真も、自分一人ではなく、チームメンバーと一緒に写っているもの(もちろん、みんなの許可を得て)を選びました。

そして投稿したのが、これです。

After(成長した私)おかげさまで、無事にプロジェクトを終えることができました! 今回の成功は、間違いなくチームの皆さんの素晴らしいサポートがあったからです。本当に感謝しています。 私はリーダーとしてまだまだ未熟者ですが、今回の経験を糧に、これからも精一杯頑張ります! #チームワーク #感謝 #日々勉強」

投稿ボタンを押す瞬間、すごくドキドキしました。「これで大丈夫かな?謙虚すぎないかな?」

しかし、結果は驚くべきものでした。

投稿してすぐに、通知が鳴り止まらなくなったのです。

「プロジェクト成功おめでとう!〇〇さんの頑張り、見てたよ!」 「本当にお疲れ様!最高のチームだね」 「謙虚な姿勢、尊敬します。これからも応援してるよ!」

以前のようなよそよそしさは微塵もありません。そこには、温かい祝福と共感の言葉が溢れていました。

私はこの時、初めて実感しました。「おかげさまで」というたった6文字の言葉には、嫉妬を祝福に変える魔法の力があるのだと。

自分の手柄を主張するのを少し我慢して、周囲への感謝を先に伝える。この「謙遜のサンドイッチ」を作るだけで、人間関係がこんなにもスムーズになるなんて、目から鱗が落ちる思いでした。

深い気づき:スタンプは「隠蔽」ではなく「守る」こと

「配慮」という視点を持って日本のSNSを見直すと、もう一つ、今まで理解できなかった謎が解けました。それは、写真の「顔隠しスタンプ」です。

来日当初、日本人の友人がSNSに投稿する集合写真を見て、私はギョッとしたことがあります。自分以外の全員の顔に、ニコちゃんマークやハートのスタンプが貼られていたからです。

「え、なんで隠すの?まるで犯罪者みたいじゃない…」

正直、そう思っていました。せっかくの楽しい思い出の写真なのに、顔を隠すなんて不自然だし、何かやましいことでもあるのかと勘ぐってしまったのです。

でも、先輩のアドバイスを通じて、「配慮」というレンズでこの文化を見直した時、その意味が全く違って見えてきました。

あれは「隠蔽(いんぺい)」ではなかったのです。

「この場にいない人たちに、友達の顔を勝手に晒してはいけない」 「友達のプライベートな生活を守りたい」

そういう、友人に対する深い「優しさ」と「配慮(Care)」の表れだったのです。

日本は狭い社会で、どこで誰が繋がっているかわかりません。予期せぬ形で写真が拡散され、友人が不快な思いをするリスクを、投稿者がスタンプという「結界」を張ることで未然に防いでいる。そう気づいた時、あのニコちゃんマークが、とても温かいものに見えてきました。

今では私も、友人と撮った写真をアップする時は、必ずこう聞くようにしています。 「これ、SNSに載せてもいい?顔はスタンプで隠した方がいいかな?」

エピローグ:幸せは「お裾分け」するもの

私のバカンス写真や時計の投稿が、なぜ日本の友人たちをざわつかせてしまったのか。今ならよくわかります。それは、私が「私を見て!」と一方的に叫んでいただけだったからです。

日本のSNS文化における「謙虚さ」とは、決して自分を卑下することではありません。それは、自分の幸せを周囲と調和させながら、感謝と共に「お裾分け」するための大切な作法なのです。

もしあなたが、日本のSNSで「なぜかうまくいかない」と感じているなら、次の投稿にほんの少し、「おかげさまで」のスパイスを加えてみてください。そして、写真の向こう側にいる友人たちの笑顔を守るスタンプを、優しさの印として使ってみてください。

きっと、今までよりもずっと温かくて心地よい、本当の意味での「繋がり」を感じられるはずですよ。

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著者

NIHONGO-AI

NIHONGO-AI

AIエンジニア/日本語教師

慶應文学部・台湾大学院情報工学科修了。日本語教師を経て外資大手AIエンジニアへ。5ヶ国語習得と異文化適応で培った知見を凝縮。言語x文化x教育xAIの専門性を活かし「言葉と文化を一体として学べる場」の提供に全力を注いでいます。

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