【指導案付】「鼻をすする」はNG?日本語教師が教えるべき生理現象の「音」と「マナー」の境界線

著者 NIHONGO-AI
AIエンジニア/日本語教師
2025/11/15

【指導案付】「鼻をすする」はNG?日本語教師が教えるべき生理現象の「音」と「マナー」の境界線
はじめに
「あの学生、N1レベルで日本語はペラペラなのに、なんだか『がさつ』な印象を与えてしまう……」
日本語教師として長く教壇に立っていると、そんなもどかしさを感じたことはありませんか?実は、言語能力がどれほど高くても、非言語的な「作法」の不一致は、日本人に対して「失礼」「怖い」「がさつ」といったネガティブな印象を与える原因となります 。
その筆頭とも言えるのが、鼻水の処理という「生理現象への態度」です 。
教科書には「鼻をかむ」という語彙は出てきても、それを「いつ、どこで、どうやって、どの程度の音で」行うべきかという、社会語用論的なルールまでは詳しく書かれていません。しかし、この小さな「音」が、学習者の将来的な社会的評価を左右する大きなリスクを孕んでいるのです。
この記事では、日欧で評価が180度異なる「鼻をすする・かむ」行為を題材に、日本語教師が学習者の将来を守るために伝えるべき指導法を深掘りします。
【比較表】日欧でこんなに違う!鼻の処理マナー
まず、私たちが無意識に持っている「マナーの基準」が、他文化圏、特に英語圏の学習者とどれほど乖離しているかを確認しましょう 。
| 行為 | 日本人の感覚 | 英語圏(欧米)の感覚 |
|---|---|---|
| 鼻をすする(Sniffing) | 無意識に許容されがち。 | **耐えがたいほど不快。**絶対にやめてほしい行為 。 |
| 人前で鼻をかむ | 「はしたない」とされる 。 | **全く問題なし。**生理現象として合理的 。 |
| 静かな場所での音 | 鼻をかむ大きな音は忌避される。 | 鼻をすする音(連続音)が最も嫌われる。 |
具体例から見る感覚のギャップ
ここで、具体的なシーンを2つ想定してみましょう。
具体例1:静かな試験会場 日本語能力試験(JLPT)のような静まり返った会場で、ある学習者が鼻を「すすり」続けているとします。
- 日本人の試験官:多少は気になりますが、「風邪かな?」程度で、鼻をかむよりはマシだと感じることが多いです 。
- 英語圏の学習者:もし隣の席でこれをやられたら、集中力が完全に切れるほど不快に感じ、場合によっては「なぜ鼻をかまないのか!」と怒りさえ覚えます 。
具体例2:レストランのテーブルで
- 欧米の学習者:食事中でも、失礼のない程度に堂々と鼻をかみます。
- 日本人のホスト:目の前で「ズズッ」と大きな音を立てて鼻をかまれると、「食事中に……」と食欲を削がれる思いをします 。
このように、日本での「鼻をすする」習慣をそのまま身につけてしまうと、母国に帰った際に評価を下げる「逆転移」のリスクさえあるのです 。
教室で明日から使える「3ステップ指導法」
では、私たちはこの「生理現象の語用論」をどう教えるべきでしょうか。文化の押し付けにならないための3つのステップを提案します。
ステップ1:音の不快感を言語化する
まずは、自分の文化圏の常識が世界の常識ではないことを客観的に伝えます。
【教師の問いかけ例】
「皆さん、鼻水が出た時、どうしますか?『すする』のと『かむ』の、どちらが綺麗だと思いますか?」
ここで重要なのは、英語圏では「鼻をすする音(Sniffing)」が「耐えがたいほど不快」な音として認識されている事実を共有することです 。単に「日本ではこうしなさい」と言うのではなく、「相手の文化ではこう聞こえている」という視点を与えます。
ステップ2:「逆転移」のリスクを伝える
次に、日本への過剰な適応が招くデメリットを教えます。日本で「鼻をすすっても誰も文句を言わないから大丈夫」と学習者が学習してしまうと、母国での就職面接やビジネスシーンで大損をする可能性があるからです 。
具体例3:授業中の声掛け もし授業中に鼻をすすっている学生がいたら、こう声をかけてみましょう。 「〇〇さん、鼻はすすらずにかんでもいいですよ。日本では『すする』のは許容されますが、あなたの国に帰った時にその癖が出ると、周りの人に嫌な思いをさせてしまうかもしれません(逆転移のリスク)」
ステップ3:日本社会での「逃げ道」を教える
最後に、日本で「はしたない」と思われずに鼻を処理する「スマートな作法」を伝授します。
具体例4:日本での正しいスクリプト 「日本では、人前で大きな音を立てて鼻をかむのはあまり良くないとされています。鼻をかみたくなったら、こうしてみましょう」
- 「すみません、ちょっと失礼します」と一言断る。
- 席を外して、洗面所や廊下でかむ。
- どうしてもその場でかむ時は、背中を丸め、音を抑えるようにして控えめに行う。
日本人は敬意を示す際、身体の「低さ」を意識します 。鼻をかむ際も、少し体を低くして控えめにするパフォーマンスが、周囲への「わきまえ」として機能します。
実践的な応用例:ビジネスシーンでの振る舞い
中上級以上の学習者には、より高度なビジネスシーンでの対応を指導しましょう。ビジネスの場では、単に鼻をかむだけでなく、その前後の「配慮」が信頼獲得に繋がります。
商談中・会議中の振る舞い
具体例5:商談中のスクリプト
学習者:「失礼いたします。少し鼻の調子が悪いので、席を外してもよろしいでしょうか」
このように、理由を添えて「席を外す許可」を取るのが最もスマートです。
物理的な「控えめさ」の演出
もし席を外せない場合は、以下のような動作を教えます。
- 机の下の方で、なるべく音を立てずに。
- 「すみません」と軽く会釈をしてから 。
日本の公共空間(電車やエレベーターなど)では「静寂」が強く求められます 。この「他者への配慮」の延長線上に、鼻の処理マナーがあることを理解させることが重要です。
| シーン | 推奨される行動 | 避けるべき行動 |
|---|---|---|
| 商談・会議 | 席を外す、または一言断ってから。 | 断りなく「ズズーッ」と大きな音を立てる。 |
| 電車・バス | ハンカチで押さえて音を殺す。 | 延々と鼻をすすり続ける。 |
| 食事中 | 席を立ち、化粧室へ行く。 | 料理の上で鼻をかむ。 |
まとめ・次のステップ
非言語能力の習得は、単なるマナーの暗記ではありません。それは、言語を通じた「和」の構築プロセスそのものです 。学習者が「鼻をすする音への寛容さ」や「謝罪を介した人間関係の修復」といった背景思想まで理解したとき、初めて「日本人の中で馴染む」という真のコミュニケーションが達成されます 。
今日からできること
- 教室にティッシュBOXを常備する 「鼻をすすっていいよ」という暗黙のメッセージではなく、「鼻をかみたくなったら自由にかめる環境」を作ります。
- 音に敏感になる 学生が鼻をすすり始めたら、「日本ではどうかな?」と考えるきっかけを意識的に作ってみましょう。
- 異文化の不快感を共有する 「先生は、アメリカの友達に『鼻をすする音は耐えられない』と言われて驚いたことがあるよ」といった実体験を話すことで、学生の興味を惹きつけます。
マナー指導は、時に「押し付け」に感じられるかもしれません。しかし、それは学習者が社会で「損」をしないための、日本語教師からの大切なプレゼントなのです。

