「うん、うん」って急かされてる?――日本語の電話で気づいた、あいづちと沈黙のすれ違い

「うん、うん」って急かされてる?――日本語の電話で気づいた、あいづちと沈黙のすれ違い
はじめに
会話の途中で相手が何度も「うん、うん」と言ってくると、せかされているように感じたことはありませんか。
わたしは交換留学で日本に来たばかりの留学生です。日本語はまだ勉強中で、毎日ひとことずつ覚えながら暮らしています。そんなわたしには、日本語で話していて、どうしても落ち着かないことがひとつありました。相手の「あいづち」が、とにかく多いのです。
その代表が、来日してすぐに友だちになったMさんでした。Mさんは日本語の母語話者――日本で生まれ育った、わたしにとって初めての日本人の友人です。やさしくて話しやすいのに、電話で話すと、わたしの言葉にかぶせるように「うん」「なるほど」「そうなんだ」と返してくる。最初のころ、わたしはそれが少しだけ苦手でした。
この記事では、Mさんとのある電話と、その後の一言を通して気づいた3つのことをお伝えします。なぜ日本語の会話はこんなに「あいづち」であふれているのか。なぜ同じ「沈黙」が、わたしとMさんでまるで違う意味に見えていたのか。そして、たった一言の告白が、その距離をどう変えたのか、です。
「うん、うん」が、少し苦手だった
あれは夜の9時。翌日の待ち合わせ場所を確認するために、Mさんに電話をかけました。用件は「北口でいいか」を聞くだけ。シンプルな話のはずでした。
「もしもし、明日のことなんだけど……」とわたしが話しはじめると、すぐに「うん」と返ってきました。「駅で待ち合わせ、で……」「うん、うん」。「北口の、改札を出たところ……」「なるほど、なるほど」。
一文ごとに、いえ、一文の途中で、Mさんの相づちが入ってきます。わたしが育った会話のリズムでは、相手が話している真っ最中に何度も声を挟むのは、どちらかというと「早く言って」「もう分かったよ」の合図でした。だから内心、少しあわてました。「急かされてる? わたしの話、長いのかな」と。
落ち着こうとして、わたしは一度言葉を切りました。次の言い方を頭の中で組み立てる、ほんの2秒ほどの沈黙です。わたしにとっては、なんでもない間でした。考えているときに黙るのは、ごく自然なことだったからです。
ところが、その2秒のあいだに、電話の向こうのMさんが、急にそわそわしはじめたのが分かりました。
「……もしもし? 聞こえてる?」
声が、少しだけ不安そうでした。わたしは「うん、聞こえてるよ」と慌てて答えましたが、内心は「ただ考えてただけなのに、どうして?」と、不思議でなりませんでした。電話を切ったあと、すっきりしない気持ちが残りました。あいづちは多すぎるし、ちょっと黙っただけで心配される。日本語の電話は、なんだか忙しい――そのときのわたしは、本気でそう思っていたのです。
「あの沈黙が、こわかった」とMさんは言った
その「もやもや」をMさんに打ち明けたのは、後日、二人でカフェに行ったときでした。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい? Mさんって、わたしが話してる途中で『うん、うん』ってたくさん言うでしょう。あれ、そんなに急がなくていいんだよ?」
軽い冗談のつもりでした。でもMさんは、少し驚いた顔をして、それから照れたように笑いました。
「えっ、急かしてるつもりはなかったよ。むしろ逆。『ちゃんと聞いてるよ』って伝えたくて、自然に出ちゃうの」
「逆?」
「うん。……あのね、正直に言うとね」とMさんは続けました。「この前の電話で、途中でふっと黙ったでしょう。あのとき、わたし、すごく不安だったんだ。『あれ、聞こえてないのかな』『何か気にさわること言っちゃったかな』って。あの数秒が、ちょっとこわかった」
わたしは、言葉を失いました。
こわかったのは、わたしではなかったのです。あの沈黙を「こわい」と感じていたのは、Mさんのほうでした。わたしにとって沈黙は「考えている時間」でしかなかったのに、Mさんにとっては「つながりが切れたかもしれない時間」だった。
あとで日本語の授業でも、先生が同じことを言っていました。日本語の会話では、聞いていることをこまめに声に出して伝えるのがふつうで、その合図がふっと途切れると、話し手は「ちゃんと届いているかな」と不安になりやすいのだ、と。だからMさんは、絶え間なく「うん」「なるほど」を返していたし、わたしのささいな沈黙に、あれほど動揺したのでした。
すれ違っていたのは、お互いさま
視点が、くるりと反転しました。
わたしは「あいづちが多すぎる」と思い、Mさんは「沈黙がこわい」と感じていた。でもそれは、どちらが正しいという話ではありませんでした。わたしたちはただ、育ってきた会話のルールが違っただけなのです。同じ「うん、うん」を、わたしは“急かし”と読み、Mさんは“あなたの話を聞いているよ”のつもりで送っていた。同じ2秒の沈黙を、わたしは“考える間”と感じ、Mさんは“切れてしまった糸”と受け取っていた。すれ違っていたのは、お互いさまだったのです。
それからわたしは、意識して小さなあいづちを返すようにしてみました。「うん」「なるほど」「そうなんだ」。最初はやっぱり不自然で、相手の話にかぶせるのは勇気がいりました。でも、次にMさんと電話したとき。Mさんが待ち合わせの説明をしてくれる途中で、わたしは思いきって「なるほど!」と声を出しました。
すると、Mさんの声のトーンが、ほんの少し明るくなった気がしました。話すスピードも、わずかにゆっくりになりました。
「……伝わった」と思いました。たった一言の「なるほど!」が、電話の向こうのMさんを安心させていたのです。
そして同時に、Mさんの「うん、うん」も、もう急かしには聞こえなくなっていました。あれは「あなたの話を聞いているよ」という、ずっと差し出されていた手だったのだと、ようやく分かったからです。
まとめ
あなたにも、外国語の会話で「相づちが多すぎる」「ちょっと黙っただけで心配された」と戸惑った瞬間はありますか。
もしそれが日本語の会話なら、相手を責める前に、思い出してみてください。その絶え間ない「うん、うん」は、たいてい急かしではなく「聞いてるよ」の合図だということ。そして、あなたにとって何でもない数秒の沈黙が、相手には「つながりが切れた」ように感じられているかもしれない、ということ。
今日からできること、3つを振り返ります。
- 相手のあいづちが多くても「急かし」と決めつけず、まず「聞いてくれている合図」として受け取ってみる
- 考えて黙るときは、「えーと」「うーんと」と小さく声を出して、「切れていないよ」を伝える
- 「なるほど」「うん」「そうなんですね」をひとつ、次の会話で意識して返してみる
すれ違いは、どちらかが悪いわけではありません。育った会話のリズムが、少し違うだけ。それに気づくと、電話口の向こうの人が、急に近く感じられます。あの「うん、うん」も、あの2秒の沈黙も、おたがいが相手を思っていた時間だったのだと、今では思えるのです。




